介護現場では、介護職員の離職が大きな課題となっていますが、介護職員はどのようなパターンで退職に至るのでしょうか。
いくつかの典型例から、改善策を探ります。
新卒が突然姿を消してしまい退職
特養ホームに入職した20歳の新人の事例です。最初のー週間の集合研修はとても明るく、生き生きしていました。
基本的な常識もあり、業務態度も前向きで好感が持てるものでした。研修指導を担当していた課長や管理職はとても喜んでいました。
その後、現場のユニットの一つに配厲となりましたが、相変わらずテキパキと業務をこなしています。
利用者とも積極的に接触して、すぐに打ち解ける適性を見せていました。
その後、3日で退職・・・
そして現場配属3日目、なぜか新人が現れません。電話にも出ないので、心配した管理職は彼の家を訪ねましたが、なんの反応もありません。
その後、新人のお母さんから「どうも介護の仕事には向かないので、本人が退職する意思を示している」との電話がありました。
「あれだけ前向きで、積極的だったのに・・・?」と周りの人は信じられない気分で、改めて彼の経歴を見直しました。
すると、前職でもー週間以内に退職していた経験があったのです。
最近の若い人は、自分の理想と現実に少しでもズレがあると、すぐにその仕事を辞めてしまう傾向があります。
表面上の「やる気」だけで判断せず、本人の将来設計(キャリアビジョン)と現場業務のすり合わせに気を配らないといけないと考えた管理職は、採用担当課長と相談して、採用面接や最初の新人研修のあり方を見直すことを模索しています。
若者の心理を理解する
若者にとっての基本的なコミュニケーションツールである携帯電話は「その時々の心理状況」を最もよく表すといえます。
電話に出ないのは、コミュニケーション拒否より、強い迷いの現れであることも多いことを理解する必要があります。
また、採用面接では、応募者の頭の中にある「介護現場のイメージ」について、できるかぎり具体像を引き出す質問をしてください。
「利用者が穏やかに過ごせる時間をつくりたい」と言っている場合、「具体的にどのように?」さらに深掘りさせるのです。
具体的なイメージを共有できれば、深いすり合わせが可能になります。
具体的なイメージが応募者からなかなか出てこない場合は、ズレが生まれやすいので注意してください。
誰にでも好かれる明るい職員がうつになり退職
グループホームに勤務して3ヶ月の佐藤さん(仮名)は、とにかく感情表現が豊かな人で利用者からも人気者でした。
その後、一人の新しい入居者さんが入ってきましたが、その方はスタッフやほかの入居者にきつい言葉を投げかけます。
やや痴呆があり、精神的にも不安定なようです。
明るかった佐藤さんの様子が・・・
新しい入居者さんには、明るい性格の佐藤さんが最適だと施設長は考えました。
翌日から佐藤さんが四六時中、新しい入居者さんの横につき、常に笑みを絶やさないようにして、粘り強く言葉に耳を傾けました。
心なしか言動が穏やかになってきたのを見て、施設長は「やはり佐藤さんに任せておけば安心」と納得しました。
ところが、数週間経過後、佐藤さんの様子が少しおかしくなってきました。
同僚と口げんかをしたり、ときには涙ぐんでしまいます。
長所であった笑顔も見られません。
さらに「不眠も続いている」といいます。
施設長は心配になり、「これはうつ病の始まりかもしれない」と、心療内科の受診を勧めましたが、本人は「大丈夫です」と言って聞き入れません。
ある日、とうとう佐藤さんは出勤できなくなり、退職して療養に専念することになりました。
不眠が続くのは「うつ」のサイン
うつ病の初期傾向として最も現れやすい症状ひとつが不眠です。
ある施設では、スタッフとの定期的な面談に際し「眠れているかどうか」を最初に確認するといいます。
介護職員の様子がおかしい場合は、まず睡眠状況を確認した上で、うつ病の心配をする必要があります。
虐待疑惑で退職
老人保健施設に40代の経験者の田中さん(仮名)が入職してきました。
特養ホームや通所施設での経験があり、介誰福祉士資格も取得しているベテランです。
即戦力でしたが、採用時に施設長は転職歴の多さが気になりました。
しかし、面接で「この仕事で大切なのは、弱い立場にある利用者を守ること」という本人の発言を聞き、「ここまでしっかりした考えをもっている人なら大丈夫」と採用を決断しました。
現場では、年下のスタッフの面倒見もよく、誰からも高評価を得ていましたので、自分の目に狂いはなかったと安堵していました。
夜勤で異変が・・・
しばらく経ったときのことです。施設長のもとに、田中さんが配属されているフロアのリーダーが深刻な表情で相談に訪れました。
「実は、ちょっとフロアのご利用者の様子が変なのですが……」と言います。
聞くと、一部の入居者の意欲の落ち込みが大きく、スタッフが声をかけても何となくおどおどしている。
しかも、一部の人の腕につねられたような跡があると言います。
施設長はすぐに「虐待」を想像しました。
そうしたシーンを目撃したス夕ッフはいないのかと問いただすと、心当たりはないと言います。
その後、あるスタッフによれば、おむつ交換をしている田中さんが利用者を怒鳴っている声を聞いたといいます。
確かに利用者がおどおどし始めたのは、田中さんが夜勤に入ってからです。
施設長は、採用面接時の田中さんの言葉を思い出して、にわかには信じられない心境でした。
そこで、施設長は田中さんと面談をしましたが、本人は虐待疑惑を否定します。
施設長はモヤモヤした気持ちでした。
まだ田中さんの潔白を信じきれなかったからです。
しかし、その翌週、田中さんは突然退職してしまったのです。
結局、真相はわからないままとなりました。
面接のときに感じた転職歴の多さや勤務期間のは、もしかするとどこの施設でも虐待疑惑によるものだったのかもしれません。
経験豊富なベテランだからといっても、抱えたストレスを上手く解消できるとは限らず、そのはけ口を入居者にしていたのかもしれません。
キャリアがあるからといって、信じて任せてはいけない事例なのです。
事務作業がストレスになり退職
通所介護事業所に40代の女性、高山さん(仮名)が入職してきました。
とにかく「お年寄りと話すのが好き」と言います。
この事業所では「質の高いケアを目指すためには、しっかり記録を残すこと」という決まりがあります。
また、入職から間もないスタッフに対しては、リスクマネジメン卜のための研修や委員会への出席を義務づけています。
ところが、高山さんは記録を書くのが苦手で、同僚には「人を支えるのが仕事なのに、なぜデスクワークのようなことをやらなければならないの!?」と愚痴をこぼしていました。
記録作成の重要性を理解しない
入職してーヶ月、高山さんは相変わらず記録を書くのに四苦八苦しています。
仕事上の公式の文章を書く経験はほとんどなかつたそうで、何も書けずに、ただ考え込む姿が目立ちました。
ある日、高山さんは「事務業務から外してほしい」と訴えましたが、課長は「記録は大切な介護業務のーつだし、全員がやっていることだから、それはできない」と拒否しました。
次の日、高山さんから「この職場では、自分のやりたい介護業務ができないから辞めます」とのメールが届きました。
ストレスの原因は人それぞれ
ストレスの原因は人によって異なります。
事務作業が苦手だった高山さんは、文章作成がストレスとなり、それが退職の引き金になったのです。
苦手なことを強要することで体調不良になることがあります。
適材適所を見極め、ストレスのかからない環境をつくり、退職を防止しなければいけないのです。
景気回復で他業界へ転職
景気悪化に比例して、別の業界から介護現場に転職してくる人は増加します。
IT企業のお膝元である地域では、景気が悪化するたびに、前職が「プログラマー」という応募者が増えたと言います。
その時期は、「ずっとパソコンと向き合う仕事をしてきましたが、やはり自分には日々人と接する業務が向いていると思ったもので……」との志望動機は比較的多いと言います。
しかし、そういう人は、景気回復とともに、また元の業界に戻っていってしまうことがあります。
いくらロで「パソコンより人」と言っていても、いつかは元の業界に戻りたいとの気持は消せないのです。
その人の場合、介護は腰掛けだったのです。
このようなケースをなくすために、面接では「介護現場でどんなキヤリアを積みたいか」をより具体的に掘り下げるようにしてください。
応募者に対し「介護現場でどんな仕事がしたいか?」だけでなく、「将来的にこの業界でどのように成長していきたいのか?」という自分自身の中長期的ビジョンを尋ねてください。
他業界から転職してきた人材の場合、先行きのビジョンが十分に培われていないと、元の業界に再び舞い戻るリスクが潜んでいます。
有望な人材が待遇を理由に大手へ転職
小規模ながらも「手厚い個別ケア」が評判のデイサービスの現場を5年間支えてきたのが、今年30歳になる上村君(仮名)でした。
大変勉強熱心で、自らすすんで認知症介護実践者研修なども受けるほどの有望な人材です。
認知症ケアについての技能レベルだけでなく、部下の育成能力も素晴らしく、管理職からも「彼が現場を育ててくれている」と評価していました。
将来の幹部候補です。
小規模法人の現実
但し、問題がありました。零細企業なので、上村君の活躍に十分応えるだけの昇給を実現できないことです。
それに追い打ちをかけたのが、平成27年度の介護報酬改定でした。
現場の対応は厳しさを増します。
従事者の給与を上げることもままなりません。
介護職員処遇改善加算は手厚くなりましたが、負担増に耐える上村君の労力に報いるだけの昇給には至りません。
そんなとき、上村君は苦渋の表情で「他社への転職」を申し出てきたのです。
地域の大手法人が事業規模を拡大するため、キャリアのある人材を集めようとしているとのことでした。
給料や福利厚生などの待遇も格段に違うようです。
「本当は、この思い入れのある職場でずっと働き続けたい」と言いますが、彼は間もなく結婚を控え、家族を養う責務を負わなければなりませんので、仕方なく転職希望を受け入れました。
退職を引き止める
本来であれば、退職を引き止めたい人材ですが、職員の人生を考えると、そうもいきません。
経営者が自社の待遇の悪さを自覚しているので、無理矢理引き止めることはできないのです。
介護業界は二分化してきています。
勝ち組はいい人材を獲得し、増々大きくなりますが、負け組は人材を引き抜かれてしまい、ジリ貧になっていくのです。
これが、介護業界の現実だと言えるでしょう。
管理職に昇進させたら退職
小規模多機能型居宅介護に、認知症ケアの経験が豊富な新人の久保田さん(仮名)が転職してきました。
その手慣れた認知症ケアだけでなく、すべての業務について自分の頭で考え「根拠」のあるケアを実践していた点が優れていました。
その様子は記録を見てもよくわかります。
常に頭を働かせ、誰に言われなくても自分なりに創意工夫できる。最高の人材です。
リーダーに抜擢したら、長所が消える
その能力を活かしてもらおうとリーダー抜擢を計画しましたが、久保田さんは「私なんかリーダーに向いていません」とひどく困惑しています。
所長としては「いきなりだから戸惑っているのだろう」と考え、「君ならできるし、ほかのスタッフに君のやり方を広めてほしいんだ」と熱心に説得しました。
渋々と納得した久保田さんでしたが、リーダーになってからは、どうも熱心な仕事ぶりが見られません。
ほかのスタッフの話には真摯に耳を傾けているのですが、自分なりの業務の流れを現場に伝えていく姿勢がなかなか見えないのです。
現場には、久保田さんより年上のスタッフが何人もいました。
久保田さんはそうした人たちに対しリーダーとしてどう距離感をとっていいかわからず、ずっと悩んでいたのです。
年上のスタッフ
介護業界の場合、若いリーダーが自分の親の年齢に近いスタッフをマネジメン卜する光景も多くあります。
表向きは円滑なチーム運営ができているように見えても、役職と年齢の溝がリーダー側の大きな心理的負担になっていることも多いので注意する必要があります。
退職届けの提出
人間関係のストレスを抱えた久保田さんは、ほどなく退職届を提出しました。
最高の人材であっても、無理矢理にストレスのある仕事を任せたことにより、あっけなく退職してしまうのです。
退職理由は、ちょっとしたことです。
有為な人材を手放さないためにも、人材のケアは必須なのです。